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青森地方裁判所弘前支部 昭和35年(ワ)189号 判決

原告 小野慶三 外一名

被告 弘南バス株式会社

主文

原告らが被告に対し、その従業員としての地位を有することを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

原告ら訴訟代理人は、主文と同旨の判決を求め、被告訴訟代理人は「原告らの請求は、いずれも棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする」との判決を求めた。

第二請求原因

原告ら訴訟代理人は次のとおり述べた。

一  被告弘南バス株式会社(以下会社という)は、一般乗合旅客自動車運送事業等を営むことを目的とするもの、原告小野慶三は昭和三十年三月会社に雇傭されて以来会社弘前営業所車掌の地位にあり、会社従業員および組合関係者をもつて組織される日本私鉄労働組合総連合会弘南バス労働組合(以下組合という)の組合員であり、同三十四年七月以降組合車掌支部長の職にあるもの、原告阿保勉は同じく昭和三十年九月会社に雇傭され、爾来同営業所車掌の地位にあり、組合員として同支部副支部長の職にあるものであるところ、会社は昭和三十五年(以下特筆しない限り昭和三十五年を示す)四月十五日付で原告らに対し、次項該当の行為があり、右行為は会社就業規則第二百八条第十三号第十九号第二十号に抵触するとして同第百九十五条後文のみを適用して懲戒解雇する旨の意思表示をした。

二  解雇理由

原告らは共同して

(1)  会社の許可なく会社の再三の説諭警告をも無視して三月十五日頃より弘前営業所車掌控室内に種々の組合文書檄文旗等を掲示し会社の職権除去(三月二十一日と翌二十二日)後も引続きこれをなし、特に三月三十一日より翌月二日までの三日間十九時よりの組合集会においては、車掌係正面窓口について受付口一箇所を残してその他の部分を赤旗その他をもつてふさぐ等著しく職場の秩序を乱す行為に出た。

(2)  三月二十二日十九時頃より約一時間、三月二十三日十九時頃より約一時間三十分、三月三十一日十九時頃より約一時間三十分、四月一日十九時頃より約一時間、四月二日十九時頃より約一時間三十分に亘り組合員多数を煽動して会社の許可なく且つ会社の数回に亘る制止警告をも無視して勤務者の現在する車掌控室に毎回組合員四十名乃至七十名を動員し組合のための集会を強行し、組合の宣伝や労働歌の合唱などして該時間該場所を不当占拠する行為に出た。

(3)  三月二十五日以降三月三十一日までの間、会社の再三の制止にもかかわらず、勤務者の現在する車掌控室において、毎日一回乃至二回、一回につき二、三十分間に亘り労働歌の合唱を煽動実行し、職場を甚だ喧噪ならしめ、他の就業を著しく困難ならしめる行為に出た。

(4)  三月二十一日以降現在に至る間、ストライキ又は出勤停止中にもかかわらず、連日職場に立ち入り、営業所内を徘徊して勤務中の者に対し終日組合宣伝を行い、上司並びに守衛より再三に亘る退去警告をも無視して応ずることなく、かえつて上司ならびに守衛に対し軽視反抗する態度に出るなど、その行為に著しいものがあつた。

三  解雇無効の理由

(一)  労働協約第二十九条違反

会社は就業規則第百九十五条後文(第二項の意)のみを適用して原告らを懲戒解雇した。すなわち、「賞罰に該当する事項が余りにも明白であり、且緊急を要する場合は前条の賞罰委員会の答申を経ないで実施する事がある」との規定に基いてなされた。

ところで懲戒の事由手続に関し協約(労働協約)と規則(就業規則)とが異なつた定め方をしている場合、その両者の関係としては協約が本来労使双方の合意を基礎とする自治的法規範であるところから、協約が当然規則に優先すると解される。すなわち、組合員たる従業員は協約所定の事由手続によつてのみ懲戒処分を受け、それ以外の事由手続によつては懲戒処分に付されることがないと保障されているというべきである。

しかるに、原告らの加入する組合と会社との間には、昭和三十三年三月十八日付で労働協約が締結されており、その第二十八条には「会社は組合員の人事異動については事前に組合に内示し組合の意見を尊重して行う」と規定せられ、第二十九条は「会社は組合員の昇格賞罰に関しては組合と協議の上決める。但し懲戒解雇の決定について協議が整わない場合は労働委員会の斡旋若しくは調停に付することができる」と定め、第三十三条には「会社は左に該当する組合員は解雇する」として、その第一号に「懲戒解雇と決定した者」と表示(第二号以下は省略する)されている。そこで前述の理由から、組合員は右協約条項所定の事由手続以外の事由手続によつては懲戒解雇されることがないというべきである。そして会社が組合員たる従業員を懲戒解雇しようとするときは、事前にその旨を組合に内示し組合と協議して決定しない限りこれを実現することができず、慎重に協議を重ねてもなお協議が整わない場合には労働委員会の斡旋調停に付することとなる。

しかして従来懲戒解雇を相当とする事案については、右協約上の協議手続を書面協議の方法で行うという労使間の慣行は存在しなかつた。組合はそれ以外の軽度の懲戒処分についてのみ、全員一致の意見をもつてする賞罰委員会の答申があつたことを前提とする会社の申し入れに対し、その答申を尊重して書面で回答(同意)をするということを通例としていたに過ぎない。そして懲戒解雇が相当とされる事案については、労使双方の団体交渉で協議解決するという慣例になつており、会社が懲戒解雇にしようとするときは、先ず同委員会に諮問すると同時に、組合に対してもその趣旨態様を内示することが通例であつた。右内示事項につき組合が懲戒解雇という重大問題あるいは、懲戒処分が組合活動を理由としてされたと思料し独自の立場で反対の意向を示す場合は、同委員会の審議と平行し、あるいはその答申を経たのち、労使の団交において更に協議を重ねるという取り扱いになつており、これこそ正に「労使間の慣行」であつたのである。

しかるに、会社は本件解雇に関しては当初から協約第二十九条所定の協議手続を誠実に履行しようとする意思を欠いていた。組合は「四月以降の賃上げ」を要求し、会社との団交によつても解決されなかつたため、三月七日より運転部門以外の少数組合員による指名ストを実施した。これに対し会社は同月九日いち早く告示(甲第一号証)を発表して組合ないし組合員の組合活動争議行為を封殺する布石を敷き、次いで同月十七日組合に対し「就業規則第一九五条後文の適用実施について」と題する通告文書甲(第二号証)を送付して、爾後同条項を適用して処置する旨を通知してきた。

かように、会社が突如として一方的に同条項の適用実施を決定した理由は、組合の正当な争議行為に対し弾圧抑制策を企図して、迅速大量の懲戒処分を期そうとしたからにほかならない。そのため会社はその独断専決にかかる組合員の処分を既定の事実のようにして組合に押し付けるべく、ここに障害となる同委員会の諮問手続を省略し、ことさら書面協議の慣行が存在したようにして書面による形式だけの協議申し入れの挙に出たものである。果して四月七日会社は原告らに対する本件解雇処分につき「懲戒処分の決定通知」と題する文書(甲第三号証)を添付して書面協議の申し入れをしてきた。一般的に見ても死刑ともいうべき解雇事案について組合が協議権を適切有効に行使せず、書面回答でお茶をにごすということは特別の事情がない限り到底想像することもできないところ、書面での回答があつたからとて解雇事案に関する団交による協議ないしその慣行の存在を否定しえないということも明らかである。そこで組合は同月八日同委員会の答申を省略するという会社の前例のない態度並びに懲戒解雇という重大な問題について書面協議の慣行が存在しない点にかんがみ「会社の態度は不当労働行為であり、且つ又現労働協約に違反する」と指摘し、再度の協議申し入れに対しても同様にして猛省を促し、会社がどうしても右意向を撤回しない場合、ここに始めて慣行に基く団体交渉によつて協約第二十九条の協議をつくすべく準備していたのである。

以上のとおり会社は協議の対象すら存せず、かつ当初から誠実に協議をする意思を欠くとともに、慣行を無視して形式だけの書面協議を強要した。したがつて協約第二十九条の手続を全然経ずにされたというべき本件解雇の意思表示が、同条の規定に違反した無効のものであることは明らかである。

(二)  就業規則違反

会社が解雇理由として主張する事実のうち

(1) について

会社の許可がないのに、原告らが弘前営業所車掌控室内において、三月十五日頃より組合文書を掲示し、同月三十一日から四月二日まで、その主張のとおり職場集会を開催し、かつ「通行禁」のビラを貼つたこと、黒板、同控室および事務室の位置構造に関すること、支部旗を出入口の戸に鋲で止め、受付口二個所に激励文を貼つたことは認める。その余の点は否認する。

従来同控室においては、争議時たると平常時たるとを問わず、また会社の援助奨励するクラブ活動(茶華和裁柔道野球等)であろうと、職場集会等の組合活動関係であるとに拘わらず、会社の許可なくして組合用掲示板の下や同控室入口の戸の内側、壁など、同掲示板以外の場所にビラ文書が貼り出されており、会社もこれを慣例として認め、これを目してなんら警告や制止を行つたということはなかつた。協約第十六条は慣例的にこのようにして運用されてきたのである。

なお所定の場所以外に数枚の組合関係文書が掲示されていたとしても、これを非難することは常識に反するというべきである。

(2) について

会社主張のとおりの規定が存すること、原告らが会社の許可をえないでその主張のとおりの職場集会を開催したことは認める。その余の点は否認する。

車掌控室で開かれる集会には車掌支部(昭和三十四年六月弘前支部より分離して設置)主催のものと、組合本部主催のものとの二種があり、同支部主催の職場集会については、数年来同控室に「職場集会の開催通知」を貼り出すだけで開催するというのが慣例であつた。十九時以降に開催することは会社も認めていたところで、会社の許可をえて始めて開くというものではなく、勿論警告や制止を受けたことはないし、平常時たると否とを問うものではなかつた。なお本部主催の支部集会については、組合執行委員長が開催する旨を口頭で会社に伝えるだけであり、本部常任委員会の集会の場合は、通常会社の大会議室を使用するため、日程を申し出て会社とその旨の打ち合わせが行われ、例外的に年に二、三度会社の要請によつて許可願を出していた。しかして、車掌支部は七個班より構成され、各班が毎月一回定例班会議を開いたので、通例毎月七回の職場集会が開かれていた。ちなみに会社も従業員としての班会議を同控室で開催させ、会社の班会議終了後引き続き組合の班会議を同所で開くという例も多く見られたことである。

原告らは、慣行を破つて職場集会等を禁止する旨の前記告示にかんがみ、無用の混乱をすすんで避けるため、三月十九日頃一応「許可願」を弘前営業所長に提出したうえ、慣例にしたがい第一回職場集会(三月二十一日より同二十三日まで)の開催通知を右三日間同控室に掲示した。第二回(三月三十一日から四月二日まで)集会についても、同様三月三十日頃支部長名で会社勤労課に「許可願」を出したが、組合執行委員長名でなければ受理できないといわれ、やむをえず委員長名義で再提出したが、いずれも理由を明示されぬまま不許可となつた。会社のこれらの措置は、団結と組織防衛が最も緊要な争議時に乗じた組合(活動)に対する不当な弾圧というほかはない。

右車掌控室は、車掌等が休憩食事待機などのための文字通り「控える部屋」である。そして十七時になれば乗務者以外は退社し、十九時以後になれば、三箇所の受付窓口のうち二箇所が閉鎖され、窓口の点呼執行者(運転管理者)四名中三名は退社し、弘前営業所待合室の大戸はおろされ、そこでは同控室に響くクラブ活動のプラスバンドの練習が始まる。この時刻頃勤務する車掌は、一日に勤務する者のうちの一割にもみたず、したがつて同控室の業務は殆んど終了することとなり、原告らが十九時以後を選んで集会するのも、会社業務に支障を生じないよう考慮した点にある。本集会の目的は三月十九日の組合分裂に対する団結と組織防衛のための討議と争議の経過報告にあり、集会は組合本部並びに支部役員による説明質疑応答であつた。そして終始平静のまま開催され、その間「通行禁」のビラが貼布された戸の開閉は自由であり、固より同控室を占拠したとか、業務を妨害したとかの事実はない。なお第二回集会の際、旗文書等を掲示したのは、ガラス窓から透視したり、無言の圧力を加えんとする臨時守衛とのトラブルを避けつつ集会を早期かつ円滑に進めるためであつた。

(3) について

会社主張の日時場所で原告らが労働歌を合唱したことは認める。その余の点は否認する。

争議時におけるこのような合唱は至極かつ普通のことである。ことに会社が積極的な組合切り崩し工作に出たり、組合が分裂した前後の事態にあつては、とくにその必要があつた。また右合唱は昼休み時間や退社時刻後を利用してされた組合員の自主的な行為によるもので、原告らがこれを煽動して敢えて喧噪に至らしめたり、会社業務に支障を生ぜしめたりしたことはない。

(4) について

原告らが指名ストを行い(ただし原告小野は三月二十三、四日の二回。同阿保はさらに同月十五日と二十二日の二日を加えた四回のみである)職場集会を開いたこと、それぞれ会社主張の出勤停止処分を受けながら、その期間中に車掌控室に出入し、守衛から退去するよう警告されたことのあることは認める。その余の点は否認する。

組合員たる従業員が、自己の通常の業務提供を拒否するに過ぎない指名スト実施中、会社構内に出入りすることは、固よりその自由に属するところというべきである。なおみだらな風体で職場内を徘徊していたのは臨時守衛であり、原告らは会社の制服を着用していた。

以上要するに、原告らは前記争議目的を達成するため、会社業務を妨害しないように顧慮しつつ慣行にしたがい、平穏に正常な組合活動を展開したに過ぎない。固より故意に組合員を示唆煽動して職場を混乱させたということはない。しかるに会社は組合壊滅の意図偏見のもとに慣行を蹂躪し一方的強引な言動に出て、ことさら事実を歪曲誇張して原告らを懲戒解雇に付したものである。このように会社の挙げた解雇理由は不実の非行または懲戒事由に該当しても懲戒解雇に当らないものであるから、本件解雇は、就業規則の適用を誤つたか、解雇権の濫用による無効の意思表示というべきである。

(三)  不当労働行為(労働組合法第七条第一号違反)

原告らは、入社後前記組合役職について以来、車掌支部の指導者として活溌に組合活動を押し進めてきたものである。これより先昭和三十四年十二月頃組合執行部は、細部にわたる職場ごとの改善要求については、各職場(組合各支部)が自主的に要求解決すべき旨の方針を決定した。そこで同支部責任者たる原告らは卒先して強硬にアノラツク等の現物支給を求め弘前営業所長と団交の末全面的に受諾させるに至つた。この際原告らの果した役割は支部長等として当然の行為とはいいながら、その指導力は多大であつた。爾来会社は原告らを闘争的な好ましからぬ組合指導者として嫌悪し、強い反感敵意を抱くようになつた。

ところで、組合は一月頃会社に対し、四月以降一人当り平均金一、四三〇円の賃上げを求め、これを廻つて両者は団交を重ねていた。その間会社の組合に対する分裂策等支配介入は次第に公然かつ執拗化し、対抗上組合も一部少数の指名ストを開始するや、会社は前掲告示通告をもつて反撃し、三月十九日遂に組合は分裂し、会社の援助指導による斉藤武文ら約七十名が弘南バス全労組合(第二組合)を結成するに及んで、争議はとみに深刻化した。ここにおいて原告らは、組織防衛と団結強化のため、一層強硬活溌に前掲解雇理由記載の如き組合活動を続けていたところ、会社は三月二十五日原告らが経営秩序を侵害し無許可集会を強行して車掌控室を不法に占拠したとして、原告小野を最高の十四日間、同阿保を十日間の各出勤停止処分に付した。次いで叙上の経緯と背景のもと、組合の団結がゆるんだ気配に乗じて、かねて最も闘争的だと見られる原告らを極度に嫌悪する執念からこれを企業外に排除することを決意し、前記のようないいがかり、ないしは軽微な慣行違背や就業規則違反に藉口し、その実は正当な組合活動を理由として懲戒解雇の措置に出たものである。

かような会社の不当労働行為意思は、三月下旬の午後七時頃第二組合に会社最大の待合所たる弘前営業所待合室で職場集会を開かせ、奈良岡青森支部長、松居黒石支部長ら組合活動家を形式的には本社業務部付としながら、実際には十一月頃新設の狭いボツクス内で切符売りをさせ、第一組合では平均一、四一八円に、第二組合では平均一、七九四円にする等その賃金を不当に差別し、組合員を前例にないほど大量かつ不利不便な職場に転勤させて実質的には降格降位し、昭和三十六年一月中旬頃には同営業所女子寮に入寮中の女子組合員を転勤名義に藉口して寮から追い出し、その他正当な休暇手続を踏んで休んでも無断欠勤とするなど事後におけるこれらの所為に照して十分に推認することができるところである。したがつて本件解雇は労働組合法第七条第一号に違反する無効のものである。

第三答弁等

被告訴訟代理人は、次のとおり述べた。

一  請求原因一のうち、会社が単に就業規則第百九十五条後文を適用して原告らを懲戒解雇したとの点は否認し、その余の事実は認める。

同二は認める。

同三の(一)のうち、原告ら主張どおりの条項の労働協約および就業規則が存在すること、会社が三月九日付告示並びに同月十七日付通告を発したことは認めるが、その余の事実は否認する。同(二)は、否認する。同(三)のうち、組合が職場(支部)ごとにする闘争方針を決定し、車掌支部の要求が解決(ただし、会社としては団交ではなく単なる苦情処理として解決したものである)したこと、原告ら主張のとおりの賃金値上げ要求(現行労働協約改訂の要求も含まれるに至つた)を廻つて団交と指名ストが行われたこと、斉藤武文らが第二組合を結成し、会社が組合大会場として、これに弘前営業所待合室の使用を許可(ただし、四月十一日の一回だけである)したことおよび、原告らに対する出勤停止処分の点は認めるが、その余の点は否認する。

前掲三の(一)については、原告らは協約第二十九条に基く権能をみずから放棄したものであり、同(二)については、会社が所定の場所以外に多少のビラを貼ることを認めたことがあつたとしても、後記のとおり、会社の再三にわたる警告制止等があつたのち、もしくは会社職制等に対する名誉毀損ないし醜悪なビラを反覆掲示したことは、違法たるを免れない。

二  原告らには以下のような就業規則違反の行為があつたので会社が慣行にしたがい同規制および協約上の手続を経て適法正当に懲戒解雇したものであるから、原告らに対する本件解雇の意思表示が無効とされるいわれはない。

(一)  労働協約違反の主張について

原告らの主張は労働協約と就業規則の運用に関する労使間の慣行を全く誤解しまたはこれを無視したものである。

先ず原告らは、労働協約の効力は就業規則のそれに優先するから、協約第二十九条に抵触する就業規則所定の手続は無効であり、かかる規則に基いてされた本件解雇の意思表示は協約違反として無効である旨主張する。

しかしながら、組合員たる会社従業員を懲戒解雇に付する場合、規則制定後に協約が、締結されたという沿革的事情により、規則に基く賞罰委員会の諮問と協約に基く協議の両手続の履践を要請される結果となつても、規則ないしこれに基く手続が無効とされる理由はない。ことに組合員たる従業員に対する規則上の手続の重要性が殆んど失われ、二重の手続を踏むとの譏を受けるとしても、右諮問協議の両手続は従来段階的に併存するものとして慣行的に運用されてきたものであつて、規則上の手続が協約第二十九条に違反し無効とされるいわれはない。

次に会社は本件解雇手続については、規則第百九十五条後文を適用し、賞罰委員会による諮問手続を省略して原告らを懲戒解雇に付したが、その理由は、原告らが車掌支部の正副支部長という支部最高の責任者たる地位にありながら、前掲告示後においても、組合活動の名のもとに余りにも明白な後記違法行為を指導実施させ、しかも強引で会社の警告制止等を全く聞き入れず、ために同種の行為が、さも適法当然のことであるかの如くに頻発続出した現状に鑑み、企業防衛秩序維持の必要上極めて緊急を要する事態に達したものと認められ同条項に該当すると判断されたからにほかならない。

ところで前記通告には、「今後(就業規則第百九十五条)後文を適用して処置するものもあるから念のため」と記載されている点から明らかなとおり、以後すべての事案について後文を適用実施するというものではない。しかもそれは懲戒事犯惹起者に対する指導の迅速化と膺懲遅延による悪影響防止を目的とし、その要件を具備した事犯者についてのみ適用実施される趣旨であつて、なんら不当な意図を含んだものではない。またこれを適用されたとしても別に不利益を受けない。すなわち、原告らは規則第百九十六条(会社で決定した賞罰に不服であるときは、五日以内に書面〔様式十七〕で不服の理由を申し述べることができる。前項の場合一回に限り社長は賞罰委員会の答申を得て勘案し決定しなければならない)に基く異議申立権を行使することができるのであり、会社が右申立権行使の機会を与えるべく、四月十二日付でそれぞれ懲戒解雇処分の決定通知をなしたのに、原告らはなんらの異議を述べず、同月十五日に至つて組合執行委員長の要求により会社は即日原告らに対し辞令を交付して懲戒解雇の意思表示をなしたものである。

次に、なるほど原告ら主張の如く、組合員に対する懲戒処分ことに懲戒解雇について組合が反対し、これを政治的に解決しようとしてその申入れにより事実上団体交渉に持込まれたことはあつたが、固よりこれは会社からの申入れではなくいわんや協約第二十九条の協議手続とは全く別ものである。このように懲戒処分問題が事実上団交に持込まれる場合でも同条の協議手続としては書面協議の方法をもつてなされていたもので、右は原告らの牽強附会の主張に過ぎない。

ここで付言するに会社は原告らを懲戒処分するに当つて、前叙のとおり就業規則上の手続を適法に履践したうえ、更に協約第二十九条の協議手続を経るため、四月七日原告らを同月十三日付で懲戒解雇処分に付するので、同月十一日正午までに組合の意見を提出するよう書面協議を申し入れた。書面協議とは会社が書面によつて組合の意見を徴し、これに対して組合も同様書面によつて意見を提出するもので、協約第二十九条の運用に関する従来の慣行として一切かかる方式によつて行われてきたものである。しかして右申入れに対し、組合は同月八日「組合運動に対する解雇は不当労働行為であり、かつまた現行労働協約に違反するので、解雇は無効であることを念のために付け加えて通告する」旨の全く誠意を欠く書面回答を寄せた。そこで会社は翌九日右回答による組合の態度とくに協議意思の有無をただすべく折返えし書面で意見を求めたところ、組合は前述のような理由によつて「原告両名を懲戒解雇することは、不当労働行為であり、労働協約に違反した無効のものである」と再び強調するとともに、右処分の取消し撤回を要求する旨の書面回答を行つた。かかる経過並びに組合の態度に照らして、会社は組合においてなんらの具体的な意見を提出しないばかりか、むしろ会社のした協議申入れを正面から拒否する如き態度を示したことにかんがみ、全然協議意思を欠き、意見を述べるべき権能と機会をみずから放棄したものと認め、これ以上書面のやりとりをしても全く無意味かつ不必要であり、会社としては協約第二十九条による協議手続を適法に履践したものと考え、余儀なくここに組合との協議手続を打切るに至つた。なお、同第二十八条の規定は、人事異動に関するもので、懲戒処分については適用のない規定であるというべく、然らずとしても単に内示して意見を求めること以上の協議手続が要請される懲戒処分つにき、かさねて同条により内示すべき理由はなく、これが適用されるとする原告らの主張は全く失当である。

(二)  解雇理由について

原告ら主張の請求原因二のとおりであるが、次のとおり付演する。

(1) 解雇理由(1)記載のとおりである。協約第十六条(組合が組合員のためにする公示の文章及びその他の掲示は、組合事務所並びに会社組合協議した場所に於て行う)によれば、組合の掲示は組合事務所以外では会社と組合が協議した場所で行うものとされ、就業規則第八条(就業時間又は会社管理の敷地及び施設内における組合活動については、特に労働協約で便宜を認めた場合のほかは許されない)、第五十八条(社内において業務外の集会、放送、宣伝、若しくは文書の配布、貼布、掲示その他これに類する行為をするときは、責任者はその目的、方法内容参加者その他必要な事項を届出…様式八…て予め許可を受けなければならない)によれば、ビラ貼布掲示は所定の方式により予め許可をえなければならず、会社は原告らの所属する車掌支部については、車掌控室に所定の黒板一個を組合掲示用として使用することを許可し、同支部も従来右方式を遵守してきたところ、原告らは会社の再三再四にわたる警告制止を無視排斥して、みずからまたは組合員をしてビラ等を掲示させたため、会社は三月二十一、二日の両日並びに四月七日と十二日の四度にわたつてこれを除去したが、原告らは先に立つてそれを妨害し、「会社の番犬なにをいうか」などと喰つてかかり、全く手の施しようもなかつた。右ビラの大半は組合の団結を誇示する文書、赤旗、会社および上司佐藤正実に対する「マサミ・ハギシリ・ブルース」等誹謗中傷などを内容とした醜悪なものが占め、それが最も顕著であつたのは、三月三十一日から四月二日まで三日間に及ぶ不法集会が車掌控室で行われた際であつた。

同控室(約三十坪)は、これに隣接する事務室との間が運行管理事務の遂行上、ガラスの建具をもつて仕切られ、出入口一個所と受付口(車掌係窓口で大きさは約三十糎平方)三個所が設けられているところ、後記不法集会の際、受付口一個のみを残してその余の個所全部を赤旗で覆つて残された右一個所も組合員を後向きに並立させて完全に封鎖した。)事務室からは全く見とおしがきかないようにするとともに、事務室との間の出入口には「通行禁」なるビラを掲示して遮断し、このため会社の運行管理事務その他の業務が著しく阻害されるに至つた。

百歩譲つて所定の場所以外にも多少ビラ等が貼布されたことがあるとしても、会社の屡次の制止除去を無視排除して組合活動とは無関係な会社及び上司の名誉を毀損する如き醜悪な文書落書等を所定個所のほかに反覆貼布掲示することによつて、会社の業務上必要な掲示物を隠蔽し、運行管理者の部屋と職場を遮断して、会社の自由意思を抑圧し、その施設財産に対する物的支配を阻止したことは、明らかに違法たるを免れない。

(2) 同(2)記載のとおりである。労働協約第十五条(会社は組合に対し組合事務所として会社の一部使用を認め、之を無償で貸与するものとする。尚組合活動上、車両その他会社の施設を必要とする場合、組合は最少限度の使用料を支払い許可を得てこれを使用することができる)、前掲就業規則第八条によれば、組合が組合活動上会社施設の使用を必要とするときは、会社の許可容認を要するところ、従来会社は争議中における組合集会用の施設使用は認めない方針を採り、組合も右規定に違反して不許可の集会を強行することは全くなかつた。しかるに今次争議においても、会社は同様に許可しなかつたのに、原告らは勤務時間中で勤務員の現在する車掌控室内において、不許可のまま敢えて組合員を煽動動員して車掌支部の集会を強行し、会社がその都度警告制止してもこれを全然無視し、遂には反抗的に反覆実施していた。

従来組合は不動文字が印刷された備え付けの許可願用紙を使用して、組合委員長名義で会社々長宛の集会許可願を提出してきた。ところが今次争議に際しては他支部と同様車掌支部においても組合がなんの手続を採らぬまま、勝手に職場集会の開催通知を車掌控室に掲示し、さらに強行せんとする気配が見られたので、注意したところ、原告らは三月二十一日車掌支部長名義の許可願を会社弘前営業所の車掌係窓口に提出した。そして同係から「所管の本社勤労課に提出するよう」に指示された原告小野はその足で勤労課に提出したが、同課労務係神三男らより、この許可願は前掲従来の取扱いに反するので受理できないとして拒否されたものである。次いで原告らは同月三十日にも前同様支部長名義の許可願を同課に提出し、勤労主任佐藤春雄が「今回の職場集会は組合の統一指令に基くものであるのに、組合本部としては会場使用の手続を採らずに各支部に一任しているようだが、そのとおりか」とただしたところその旨肯定したので、同人が更に本部に問い合わせてこれを確認したうえ、従来の慣行に反するので一応受理しておくが、争議中不法な意図をもつてなされる職場集会は絶対許すわけにはいかない旨を告げて不許可にしたものである。

勤務時間については、車掌は当日勤務する人員約九十名の四割強の者が午後七時以降も勤務しており、これらの者は最終退社時刻の午後十時十五分までの間に順次乗務を終えて控室に入り、ここで運転日報を作成したうえ乗務中携帯した運行カードに添えて窓口に提出して乗務終了報告をなし、かつ係員から業務上の指示等を受け、更に車掌控室に必要な掲示がしてあればこれも閲覧しておかなければならない。しかも隣接の事務室には車掌担当運行管理者二名が午後八時過まで、また当時運転士担当運行管理者、庶務、旅客係ら五、六名が常時午後七時以降も勤務していたのである。

以上のとおりであるが、とくに三月三十一日、四月一日および同月二日の各集会の際は、会社の施設管理権を完全に排除して同控室を不法に占拠し、そのため会社の業務が甚だしく妨害された。

(3) 同(3)記載のとおりである。原告らは本件解雇に至るまで(解雇理由中に三月三十一日までとあるのは最も激しかつた時期をさす)みずから音頭をとつて労働歌等を高唱させ、その結果事務室では電話も聞き取れない程職場内は喧噪を極めた。

しかもこれらの歌のなかには弘前営業所長佐藤正実を誹謗中傷し、同所長の名誉を甚しく傷つける内容の「マサミ・ハギシリ・ブルース」等があり、原告らはこれをいわゆる練鑑ブルース調で歌わせていた。

なお車掌は午前十一時頃から午後二時三十分頃までの間に各自自己の乗務のない間に昼の休憩をとるものであつて、一斉に昼の休憩をとるものではない。

かようにして、原告らは職場秩序を紊し職制の権威を失墜させると同時に、従業員の就業および会社業務に著しい支障を生じさせたものである。

(4) 同(4)記載のとおりである。原告らは三月中旬頃から指名ストを行い、その間常に職場内に立入つてオルグ活動を継続し、その後同月二十一日不法集会を強行したことにより、同月二十五日からそれぞれ十四日または十日間の出勤停止処分を受けたのに全然反省しないばかりか、故意にみだらな風体をして職場内を徘徊し、上司や守衛の退去警告に対しては好んで反抗敵対しかつ侮辱的態度に出て、ことさらトラブルを惹起してその存在を誇示し、前掲(1)ないし(3)の事実と相俟つて著しく職場秩序を紊し業務妨害の行為に出ていた。

本件解雇の理由は、およそ右のとおりであるが、それは要するに日頃から無軌道な組合活動を指導して原告らが、わざと会社の施設管理権を侵害し、あるいは職制に反抗し、若しくは業務を妨害して、会社の秩序規律を紊すとともにその権威を失墜させて不当に組合の団結を誇示しようとする組合と呼応して「組合活動は職場ですることに意義がある。その名においてすればどんなことでもできる」と過信豪語し、昭和三十三年十一月頃会社が弘前営業所前に設置して組合に提供した「弘南バス労働会館」を故意に利用せずかつ車掌支部最高責任者の地位にありながら、過去十年来争議に明け暮れた組合の争議行為においても到底見られない程激しく組合員を煽動して車掌支部に「全学連」の異名をとらしめるような悪質熾烈さを示させると同時に、みずからもまた当初から常軌を逸した無謀行為を反覆続行していたものである。これらの行為は、就業規則第二百八条(従業員が第十二条〔従業員の基本義務を規定している〕に定める基本義務の完全な履行を怠り、左の各号の一に該当する行為を行つたときは懲戒に処する)第十三号(故意に又しばしばこの規則及び会社が定める他の規則規程及び指示達事項に従わないとき)、第十九号(みだりに会社の職制を中傷又は誹謗し若しくは職制に対して反抗したとき)、第二十号(許可なく会社施設内において秩序を乱すおそれのある集会演説放送宣伝文書の配布貼布掲示その他これに類する行為を行つたとき)に該当し、第二百九条第二号により原則として懲戒解雇に処せられ、情状により軽減されることがあるに過ぎないものであるところ、原告らは右懲戒解雇該当の行為を反覆し、既に一回出勤停止処分を受けながら企業内では全然反省することなく、出勤停止期間中にも同様の行為を継続し(就業規則第二百三条)、共謀のうえ支部組合員を煽動して違反行為をさせ、又みずから積極的に行い(第二百四条)、今次争議の妥結に際しても原告ら七名については情状最も重しとして解雇撤回の必要が認められなかつたこと等第二百条の懲戒基準に照しても全く情状酌量の余地がないと認められた原告らを企業の破壊者であり従業員としての適格を欠くものと判断して、これを経営外に排除せんとしてなした本件解雇が正当であることは明らかなところである(なお懲戒解雇に次ぐ軽い懲戒処分としての「降位降格」について一言するに、車掌という最下位の地にある原告には降位すべき職位(役付)がなく、かつかような者については慣行上降格に付した例もないので、降位降格処分にする余地は全然なかつた)。

なおここで組合および原告らの本件争議行為の違法性について付言する。

本件争議は、賃上げと労働協約の改訂を目的として、平和義務に違反して行われた違法のものである。すなわち組合は昭和三十四年の賃上げ争議妥結(同年三月十日)に基いて「今後の労使関係について双方は良識と理解と信義に立脚し企業繁栄のための最善の努力と協力の関係を確立する」(妥結協定書第三項)並びに「組合は会社の昭和三十四年度事業計画達成のため全面的に会社に協力するとともに、労使は問題を常に平和的に解決する」(同年三月二十五日締結の細目協定書第六項)こととし、従来敵対的関係にあつた労使間は健全にして平和的方向に改善されるやに見えた。然るに組合は組合員の闘争意欲が低下することを恐れ、「幹部闘争から職場闘争」へのスローガンのもと、着々と今次争議の準備を重ね、次いで私鉄総連傘下組合の統一スケジユールに同調し、金一、四三〇円の賃上げ、労働時間の短縮、休暇日数の増加等を求めて、三月七日以降争議行為に入つたが、これは昭和三十四年度内すなわち昭和三十五年三月三十一日までは争議に訴えないとした、右妥結協定に反するものであり、かつ「本協約の有効期間は調印の日から昭和三十五年六月七日迄とする。期間満了後一ケ年に限り有効とする。但し期間内でも両者の合意により変更することができる」との平和義務の趣旨を定めた協約第八十三条に違反する。

のみならず組合ないしその指令に基く支部の本件争議がいかに熾烈無謀を極めたものであつたかについては、私鉄総連東北地連大会において批判を受けたほどの明らかな事実である。ことに無責任かつ不法な争議行為を画策指導卒先して反覆敢行した原告らおよび原告らを最高指導者とする車掌支部は組合中の過激な急先鋒として当初から公然反抗的に協約規則社内慣行を無視蹂躪し、職場不法占拠、経営秩序の破壊、会社施設管理権の侵害業務阻害暴行脅迫威力業務妨害等の行為に出た悪質無軌道ぶりは、むしろこれらに引きずられてかかる行き過ぎた争議行為を敢えて放任助長した組合ないしその責任者とともに、全く法の保護する範囲を逸脱した違法のものとして、深くその責任を問われるべきである。

(三)  不当労働行為

組合が職場(支部)毎にする闘争方針を決定し、車掌支部の要求が解決(ただし団交としてではなく苦情処理として解決したものである)したこと、原告ら主張のとおりの賃金値上げ要求(現行労働協約改訂要求も含まれていた)をめぐつて団交と指名ストが行われ、会社が告示通告を出したこと、斎藤武文らが第二組合を結成し、会社が組合大会場としてこれに弘前営業所待合室の使用を許可した(ただし四月十一日の一回だけである)は認めるが、その余の点は否認する。

原告らは叙上のとおり違法な目的で故意に従業員たる組合員を計画的継続的に煽動し、またはみずから会社業務を妨害し秩序を紊したものであり、会社がこれらを従業員たる適格を欠く人物として右の理由により余儀なく懲戒解雇したのであるから、本件解雇が不当労働行為と見られる筋合は全く存しない。

なお右第二組合に同待合室の使用を許したのは、同組合には前記労働会館のような施設がなくかつその使用目的が賃上げ要求に対する会社の回答を呑むか否か、会社の車両運行確保に協力するかどうかを組合員にはかることにあつたことから、会社の従来の方針に沿うものとして許可したに過ぎず、固より組合と第二組合とを差別して取扱つたというものではない。

第四証拠関係〈省略〉

理由

(争いのない基礎事実)

請求原因一記載のとおり、会社の目的、原告らと会社の雇傭関係、原告らの組合関係並びに、会社が、原告らに対しそれぞれ懲戒解雇の意思表示をしたことは、当事者間に争いがない。

(協約違反の有無について)

原告ら主張のとおりの協約および就業規則条項が存在することは当事者間に争いがない。

成立に争いのない甲第一号証と第二号証、乙第二十二号証の一から三、第二十三号証(甲第四号証)から第二十九号証、第三十一号証と第三十二号証、第三十四号証、証人佐藤春雄、同木村哲蔵の各証言(ただし木村については一部)を綜合すれば会社は組合と労働協約を締結するに先立つて既に就業規則を制定施行していたが、従業員たる組合員の賞罰に関する協約第二十九条の規定の実際的な運用としては、会社において右規則第百九十四条第一項に基いて賞罰委員会に対する諮問とその答申を経たうえその処遇方法を予定し、ただ「賞罰に該当する事項が余りにも明白で、かつ緊急を要する場合」に限り、同第百九十五条後文の定めるところによつて賞罰委員会の答申を経ないで処遇方法を予定したうえ、いずれの場合も懲戒処分に対する異議申立権行使の機会を与える趣旨で、処分すべき日時事由等を付記した処分案を被処分対象者に交付して予告するとともにまたはこれに遅れて組合に対し右処分案の写を添えた書面を送付することによつて、同処分案に関する意見を求めるための協議申し入れをし、組合もまたこれに対して書面をもつてその意見を提出するという、いわゆる書面協議の方法による協議をつくすのを慣例としていた。しかるに、今次争議については会社のした三月三日付最終回答を不満とする組合がその頃から要求貫徹を期して争議行為に訴えたため、三月九日会社は争議に関して芳しからぬ諸事態が発生することを予想し、あらかじめ業務の遂行と秩序の維持をはかる必要から、一般従業員にあてた「争議に際し諸規則慣行を遵守履行して業務と秩序の維持に努めるべきことを要請し、これに背反したときは厳重処分する」旨の告示を発し、次いで同月十七日組合執行委員長佐藤慶一あての、「就業規則第百九十五条後文の適用実施について」と題する「懲戒事犯発生者に対する指導の迅速化並びに膺懲遅延による悪影響防止のために今後当該事犯発生者に対しては、就業規則第百九十五条後文を適用して処置するものもあるから念のため申送る(所掲の同条項文言は省略)右了とせられたい」との書面(通告書)を組合に送付した。(右三月九日の告示、同月一七日の通告は当事者間に争がない。)そして三月二十二日会社は原告らが、就業規則や会社の警告制止を無視し、かつ共同して同二十一日十八時五十分頃から約一時間にわたり組合員を煽動して車掌控室を不当に占拠する行為に出たとして右後文を適用して賞罰委員会に対する諮問手続を省略したうえ、同二十五日付で原告小野を出勤停止で十四日間、原告阿保を同十日間の各懲戒処分(出勤停止処分の点については、当事者間に争いがない)に付した。

次いで会社はその後においても原告らに請求原因二記載のような非行があり、争議の状況等よりみて急拠原告らを処分すべき必要に迫まられ、前同様に規則第百九十五条後文の手続に則つた上これらに対し辞令を交付してする正式の懲戒解雇処分の発令日を各四月十三日とすることを予定し、協議手続を定めた協約第二十九条の慣行的運用にしたがう協議の申し入れとして四月七日組合に対し「標記(懲戒処分について)別添(懲戒の事由、就業規則上の根拠および懲戒の態様種類を記載した「懲戒処分の決定通知」)により四月十一日正午までに貴意をたまわりたく存じます」と表示された書面により意見を求めたところ、翌八日組合は「車掌支部の原告ら正副支部長の組合運動に対する解雇は、不当労働行為であり、かつまた現労働協約に違反するので解雇は無効であることを念のため付け加えて通告します」との書面による回答を寄せてきた。しかし、会社としてはまだ組合の意見や意思が適確明瞭に示されていないと考え、同九日「貴発八日付回答は甚だ具体性に乏しいので、貴意奈辺に存するや判断致しかねるところである。ついてはいま少し詳説たまわりたく、かつ協議意思の有無についても折返えし来る四月十一日正午までに御回答たまわりたい」との書面により再び意見を徴すると翌十日組合は「貴社が組合活動を理由にして処分した原告ら五名の処分は不当労働行為であることは、貴社としても十分認めざるを得ない立場にあるのではないか。また労働協約にも違反していることも承知しているにもかかわらず故意に組合分裂策のために(する)乱用処分であるので、取消しまたは撤回されたい」との書面による二度目の回答をしてきた。そして会社は右書面折衝が難航したことに伴い四月十二日前記正式発令予定日を二日遅らせた十五日とする「懲戒処分の決定通知」を原告らに送付したが、それぞれ遂になんの申し出がなかつた。かような経緯にかんがみ、会社は争議中で経営秩序が混乱しているのを緊急に回復すべき必要から遂に原告らを予定どおり懲戒解雇することを決定し、直ちに原告らに辞令を送付して、四月十五日原告らを懲戒解雇に付し(懲戒解雇およびその日時については、当事者間に争いがない)たものであることが認められる。これに反する甲第七号証(木村哲蔵の陳述書)と証人木村哲蔵の供述部分は俄かに採用し難く、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

前認定のような経過に照せば、会社は懲戒解雇の意思表示をするについて協約に定めた協議を遂げるため組合に対し執るべき処置を尽くしたのにも拘らず、組合が会社に対する批判と反撃をなし、その猛省を促さんとするに急にしてなんら協議を継続すべき意思を表明しなかつたため、こと志と異なるに至つたものと云うべく、従つてかゝる場合においては協約第二十九条に基き会社が組合と協議すべき義務は完全に履行されたものと解すべきである。(なお、原告らは叙上規則第百九十五条後文は協約第二十九条に背反し無効なものであると主張するけれども手続上同規則が協約と矛盾しているものでないことは前認定の通りであるから、右原告らの主張は固より採用できない。)

なお原告らは、懲戒解雇の事案については、団体交渉の場で協議解決することが協約第二十九条にいう協議の慣行的な運用方法であつたと強調する。

しかしながら、右主張のような慣行的事実を肯認するに足りる証拠はない。

なお原告らが右主張事実存在の主要な根拠として援用する甲第十号証の一(組合員の解職について、組合が必要とするならば、団交に応ずる用意がある旨を付記した会社からの組合あての書面)、第二十四号証(稲見運転士及び天内車掌解雇に関する組合の主張と題する意見書)、第二十七号証(会議記録集)は、極めて例外的偶発的なもの、または組合の独断的な見解ないし慣用語をもつて示した断片的なもので俄かに措信し難く、これをもつて右主張のような慣行と名付けるに足りる証拠とすることはできない。

(解雇理由の有無)

1  解雇理由(1)について

車掌控室の位置構造並びに原告らが会社主張の期間場所のもとで、その許可をえずに職場集会の通知等組合関係文書数枚を同控室に掲示し、右集会の際同控室出入口の戸に「通行禁」なるビラを貼り、車掌支部旗を同控室内に鋲でとめて掲げ、受付口二個所に激励文二枚を貼布したことは当事者間に争いがない。

原告らは、車掌控室においては争議時平常時を問わず、従来会社の許可なくして右の如き文書が右の如き場所に掲示され、会社もこれを慣例として認めてきたと主張する。そして証人木村哲蔵、同高橋三雄および原告小野慶三は、いずれも右主張に沿う供述をしているけれども、これら供述は後掲証拠に照してたやすく信用し難いし、他にこれを肯認させるに足りる証拠がなく、却つて成立に争いのない乙第三十三号証、第四十六号証と第四十七号証、第百号証、証人佐藤正美、同佐藤春雄の各証言によれば、会社は所定場所(車掌控室内の組合用掲示板)以外の同控室におけるビラ等組合関係文書の貼布掲示については、時にやゝ寛容な態度を示したことがあつたにせよ、これが慣行と称しうるほど長期間継続的なものではなかつたことが窺われ、とくに本件においては、争議が漸く熾烈化せんとする三月十一日会社が右所定個所以外に存する前記組合関係文書の除去を命ずる旨の告示を発表し(右告示が発せられたことは当事者間に争いがない)、かつ従業員の米沢進や会社守衛をして取り除かせるとともに、爾後所定個所以外に見られる組合用ビラ等は発見次第除去するよう強く指示してきたことが認められる。

2  解雇理由(2)について

会社主張の日時場所において、その許可をえずに原告らが職場集会を開いたことは当事者間に争いがない。

原告らは右集会については従来会社の許可を要することなく単に組合側が職場集会の通知を車掌控室に掲示することのみによつて開催しうるとするのが慣行であつたと主張する。成立に争いのない乙第三十三号証(証人米沢進の尋問調書であり、後記措信しない部分を除く)と第三十四号証、第四十二号証の一、第四十五号証の一から十八、第百一号証の一から四十四、証人佐藤春雄、同米沢進、同佐藤正実の各証言を綜合すれば、従来組合の会社施設使用については、原則として会社の許可を要するものとし、ことに就業規則上使用許可願(様式八)を定めたのちは、平常時争議時の区別なく、使用の数日前頃組合執行委員長名義で会社あてにした許可願を会社勤労部長に提出して、事前にその許可を受けるようになされてきた。もとより使用を希望する者が組合たるとその支部たることを問わず、また口頭による申し出によつて許可したりあるいは組合支部などが職場集会の通知を掲示したことのみによつてその使用を認めるというようなことはなかつた。さらにその取り扱いは、使用の対象がバス等の車輛であろうと、車掌控室のように日常従業員が滞留使用する場所であろうとその間になんらの区別もなかつた。もつともごく少数の例ではあつたが、許可願の提出を省略して便宜使用を許したことはあつたけれども、同控室の使用について許可願の提出がないのに会社がこれを許諾し、もしくはそれ以上にこのようなことが継続しまたは断続したというようなことはなかつた。そしてとくに本件争議については組合に対する不許可集会等禁止の前記告示が発せられ(この点は当事者間に争いがない)会社の意思が明示されたことが認められ、前示乙第三十三号証中右認定に抵触するかに見える部分並びに証人木村哲蔵、同高橋三雄の各証言と原告小野慶三本人尋問の結果は前掲証拠に照らして採用し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。前認定の事実によれば、原告らが主張するような慣行的事実が存在したことは首肯しえないところ、前記無許可にかかる集会が違法とされるほかはないこと明らかである。

次に原告らは、組合の提出した使用許可願に対し、会社がその理由を明示することなくこれを不許可としたのは、組合に対する不当な弾圧であると主張するが、右主張を肯認するに足りる証拠はない。

3  解雇理由(3)について

前掲乙第三十五号証の九、証人佐藤正実、同佐藤春雄の各証言を綜合すれば、原告らが前記告示発表後の三月二十五日頃から以後においても会社の再三の制止を重ねて軽視し卒先音頭をとつて弘前営業所長佐藤正実を不必要に揶揄嘲笑したと見られる「マサミ・ハギシリ・ブルース」と題した歌詩記載の貼紙等を車掌控室内の黒板に掲げてしばしばこの歌を合唱させ、ために会社の職制を中傷誹謗したことが認められ、証人高橋三雄の証言と原告小野慶三本人尋問の結果は、前掲証拠に比照して俄かに措信しえず、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

次に原告らが、三月二十五日以降同月三十一日までの間同控室において労働歌の合唱をしたことは当事者間に争いがないところ会社は右合唱は無許可に加えて原告らが卒先音頭をとつたもので、これにより原告らは従業員の就業および会社業務に著しい支障を生じさせるとともに、該行為は企業秩序を紊すおそれのあるものというべきであると主張する。しかしながら証人佐藤正実、同米沢進、同菊地正の各証言によつても、合唱をするについて許可がなく原告らが音頭をとつていたとの点はさておき、これが会社業務を著しく阻害し、または企業秩序を紊すおそれのある行為と認めるに足りないし、その他右主張を肯認するに足りる証拠はない。

4  解雇理由(4)について

原告らが指名ストもしくは出勤停止期間中、車掌控室等の職場に出入りしていたことは当事者間に争いがなく、また原告小野がその間職場内において原子守衛長から「出勤停止中の者は会社にきてはいけない。社長もそのように指示している」旨の警告抗議を受けたことは、同原告本人の供述によつても窺いうるところである。

ところで、出勤停止処分を受けたとはいいながら、原告らはまだ従業員たる地位を喪失したわけではないから、右期間中といえども会社の自己の職場内に出入りし、またはそこに滞留することは許容されるとしても、これがため被処分者たる原告らが一般の組合員と同一の権能を有するものとは俄かに断定し難いばかりか、前記争いなき事実並びに原告小野本人の供述によつて窺い知られる事実と証人佐藤正実、同佐藤春雄、同米沢進の各証言を綜合考察するときは、原告らは会社の再三にわたる退去警告徘徊制止等の指示命令に応ぜず、むしろ反抗抵抗的態度を示すばかりか、かえつて先に認定しもしくは当事者間に争いのない前掲解雇理由の(1)ないし(3)の事実と相俟つて従業員の就業運行管理事務の遂行に支障を生ぜしめたことが認められ他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

以上認定したとおり、原告らにはいずれも解雇理由の(1)ないし(4)の事実があり、その(1)と(2)が各就業規則第二百八条第十三号と第二十号に、(3)が第十九号に、(4)が第十三号と第十九号にそれぞれ該当する。

しかるに、原告らは、右事由に基く本件解雇は就業規則の適用を誤つたか、ないしは、解雇権の濫用として無効であると主張する。

就業規則第百九十九条には懲戒の種類として(イ)譴責、(ロ)減給、(ハ)出勤停止(四日以上十四日以内)、(ニ)降格降位、(ホ)懲戒解雇の五種が定められ、第二百八条第十三号と第二十号の該当事由については、第二百九条第二項により原則として懲戒解雇処分に付すべきものとし、ただ情状により軽減される旨規定されていること、そして懲戒の決定については殆んど一切の事情を斟酌すべき旨を規定した第二百条の精神に照らして、従業員に対する懲戒処分は、非行情状の軽いものから重いものに順次把握し、そのとくに悪質重大な場合に限つて懲戒解雇とする趣旨であることが看取される。反面懲戒権の発動は社会通念よりみて著しく苛酷不当に出たものでない限り、使用者の自由な裁量に委ねられているものと考えられる。

右観点に立つて見るに、前認定した原告らの行為とくにビラ貼りと不許可集会は、行き過ぎた違法なものではあるけれどもそれ自体として懲戒解雇に相当する程悪質重大とは断じ難く、かえつて成立に争いのない甲第三十六号証の一と二によれば、原告小野は昭和三十三年および同三十四年の再度にわたり、職務に精励したことで会社から表彰状を授与されていることが認められる(反対の証拠はない)など、ともに勤務に熱心であると窺われるところ、右ビラ貼り等が出勤停止期間中いささか許されるべき限度を逸脱して行なわれた点を考慮しても、原告が会社の指示命令に背いて秩序を無視するような従業員としての不適応性を徴表したものとは推認しえない。

なお会社は本件争議はは平和義務に違反した違法なものであり、原告らはこれを積極的に遂行し、かつ前叙の如き悪質激烈な争議行為に出たものであるから、当然に加重された責任を負担すべき旨主張する。しかしながら、平和義務違反の争議をなした組合自身ないし、組合の指導的幹部として敢えて該争議を決定遂行せしめたものは格別、その他の一般組合員が個々にこれがため責任を負担しまたは責任を加重されるべきものとは解せられない。果して然らば、単なる組合支部の幹部として一部組合員に卒先して組合活動を行つたに過ぎない原告らには、所謂組合の平和義務違反の責任までも負担する義務があるものとはいえない。したがつてこの点に関する会社の主張は考慮しない。

そうすると、会社が原告らの前記就業規則違反の悪質性に着眼し、全く情状酌量の余地もないとして採つた本件懲戒解雇の措置は前説示に照して就業規則の正当な適用を誤つたもので懲戒権の濫用に当り無効のものというべきである。

(結論)

したがつて原告らと会社との雇傭契約は依然存続しているものというべきところ、会社が、これを否定していることは弁論の全趣旨に徴して明らかであるから、その余についての判断を省略し、原告らの本訴請求は結局正当として認容すべきである。

よつて民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 飯島直一 中田四郎 中橋正夫)

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